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ヒラリー・クリントンと3人のアウトサイダーたち

「私はfar-left(極左)だわ。それでもクリントンになるよりはトランプの方がずっとマシだったの」

これは大学一年の頃アメリカでお世話になっていたホストマザーが言っていた言葉だ。ベラルーシからの移民一世ではあったが、UCBを卒業した彼女の暮らしぶりは見る限り豊かだったと思う。

ヒラリークリントンのアメリカ国内での嫌われ具合は尋常ではない。21世紀、それはアウトサイダーの時代であり、アメリカ政治に至っては3人のアウトサイダーが登場した。一人目はミドルネームにフセインを持つ黒人大統領・バラクオバマ。二人目は公職経験も従軍経験も一切ないまま大統領に躍り出た不動産王・ドナルド・トランプ。そして三人目が自らを持って社会主義者を自認するバーニー・サンダースである。そして彼ら3人には共通点がある。それはアンチヒラリークリントンであるということである。

ここで3人のアウトサイダー性を浮き彫りにしてみようと思う。

3人のアウトサイダーたち

バラクオバマ

 初の黒人大統領。ケニア人留学生である父と白人アメリカ人の間に生まれる。しかしながら彼はハーバード大学、シカゴ大学とまごうことなきエリートの道を歩んできたという点において、その他多くの黒人アメリカ人とは出自も性格も異にする(また奴隷の血も入っていないとされる)。大統領選出時点での政治経験、特に外交経験はほとんどないに等しく、政治家としては非常に若かった。

 

トランプ

政治経験皆無の不動産王。長らくTVや雑誌などのマスメディアを通して自己を喧伝してきており、大統領もセルフブランディングの延長であると言われている。それまでのワシントンの政治的慣習をほとんど無視し、フェイクニュースとメディアを批判することで、アメリカ国内の大きな混乱を招いた。正式な敗北宣言をしていないこれまでで唯一の大統領。

 

バーニーサンダース

アメリカ政治においては異例の社会主義的思想の持ち主。大統領選挙においては民主党から出馬するので民主党議員だと思われがちだが、政党的には長らく無所属を通してきた。無所属議員としては最長のキャリアを誇る。その思想はやや過激なものであるが、学術的な評価も高く、特に若者からは絶大な人気を誇る。

 

クリントンVSアンチクリントン

そしてこれら全ての候補者とヒラリークリントンは戦い、敗戦を喫した。そしてその戦い全てにおいて、クリントン対アンチクリントンの様相が見られたのである。

まずヒラリークリントンを最初に迎え撃ったがのバラクオバマである。バラクオバマの人気は今でも凄まじいものがあるが、大統領当選当初においては彼の政治力はそこまで支持されているとは言えず、実際の彼の政治経験も上院議員を一期務めただけという非常に貧弱なものであった。

しかしながら2008年のサブプライム問題に端を発する大不況は一層深刻化し、庶民のお金持ちに対する不満は募る一方であった時に登場したこの若い黒人政治家は、アメリカにおける「変化」を予言させるものであった。彼はChangeを合言葉に、広く国民に愛国心と同胞愛を訴え、クリントンを徹底的に敵視することによって、多くの支持を味方につけた。もとよりクリントンはウォール街の証券会社などと密接に結びつき、庶民よりは富裕層の味方というイメージであったために、2008年の大統領選挙においては敗北を喫することになった。

 

そして8年後、次にヒラリークリントンを迎え撃ったのが、バーニーサンダースである。彼は、オバマと同じく、ウォール街やクリントンを敵視することによって若者の支持を取り付け、社会主義とでも言えるような過激な左翼思想を打ち出すことによって、アメリカ国民の間に広く燻っていたルサンチマンを刺激した。彼自身は確かにアウトサイダーではあったものの、政治経験はオバマやトランプよりは遥かに豊富で、また掲げる公約に同調する有識者も非常に多かったのである。彼はこれらの支持を取り付けてクリントンに民主党推薦大統領候補になるために戦いを挑んだ。しかしながら彼は1300万票を集めた上でクリントンに負けてしまったのである。いや、しかしそれこそ最終的にはクリントンの敗北につながった直接的な要因なのである。これはどういうことかというと、バーニーサンダース票が民主党内でクリントンにあまり流れなかったのだ。代わりに大統領選挙で戦うことになるトランプへと流れたことによって、クリントンは僅差によってトランプに負けたのである。ここでいうクリントンにとっての勝ちはバーニーサンダースに得票数で上回ることではなく、それらの得票数を自分のものにすることにあった。その点でクリントンは、バーニーサンダース、いや正確にはサンダース支持者に完全な敗北を喫したのである。

そして最後にクリントンを迎え撃ったのがドナルドトランプであった。彼は前述したサンダース支持者やオバマに幻滅した中流階級、さらには長引く不況の中で生まれた反エスタブリッシュメント、反知性主義を味方につけ、急速に力を伸ばした。彼は政治経験もなければ、軍人として国に奉仕したこともない政界から見れば完全なるアウトサイダーであった。テレビで鍛え上げられたトークスキルによって大衆を不必要に煽り、不動産で磨かれた交渉術によって、ディベートではなく力によって他の候補者を捩じ伏せていった。また彼は政治経験のなさを逆手に取り、規制政治やホワイトハウスを徹底的に敵視し、またクリントンとは全く異なる出自であることを大体的にアピールしていった。そして彼はついに長らく政権中枢に居座ったクリントンを軍門に降らせ、一夜にして世界最大の権力者まで躍り出たのだった。

 

大きな揺り戻し

トランプ、オバマ、サンダース、これらの思想はこれまでのアメリカ政治史を見るといずれも極端なものである。協調主義を掲げたオバマに対し、サンダースは社会主義とでも言える過激な左翼思想を掲げ、トランプは前者二人が掲げた公約を大統領令によって完全に押さえ込んだ。この10年強の間に経験した、アウトサイダーたちによる従来のクリントンのような主流政治を否定する政権運営でアメリカが失ったものは大きかった。

オバマケアを始めとして、富裕層に対する増税を行うはずのオバマの政策はほとんど失敗し、外交上においてもオバマからトランプの引き継ぎはうまくいかなかった。結果として核保有国が増え、そして中国、ロシアの拡大を招いたのは間違いなくアメリカ大統領の失策によるものだろう。2021年現在において、まさにアメリカの平和が保たれれば世界は平和であるというパクスアメリカーナは終わりを告げようとしている。中国かアメリカのどちらかの国家が内部から瓦解しない限り、これから再び我々は冷戦の中に取り込まれる。

その時に日本に求められる舵取りは非常に難しいものである。現状ですら国家としての主張を明確にせず、米中両国に日和る状態の中で、日本にできることは限られてくる。これだけ距離が近い中で中国と断交することは侵略の危険性を伴うし、自国第一主義が進む中でアメリカに頼るだけでは自国を防衛できない。日本国憲法が掲げる理想を文言のまま受け取らずに、平和憲法としての本当の役割をもう一度再確認することが必要になってくるだろう。コロナが収まった後には世界情勢はますます変わっている。コロナ対応にだけ心血を注ぐのではく、時遅しとならないように今のうちから安全保障に関する議論を始めるべきだと私は思う。

 

※トランプ、オバマ、サンダースをアウトサイダーとする表現は古矢旬『グローバル時代のアメリカ』(岩波新書 2020)からインスピレーションを得た。

  • 自己紹介

Yutaro

慶應義塾大学文学部4年 /TOEIC960 / Python歴2年(独学)、PHP,Javascript歴5ヶ月(業務)/ 応用情報技術者 /(⬇︎ホームリンク)

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