ニーチェの「神は死んだ」以降、世の中を構成してるのは全て素粒子のダンスだという考え方が浸透し、人文学の意義というのは低下しつつある。それは日本に限らず、世界でも同じであるが、本当に考えることを考える学問は意味がなくなったのだろうか。
ここでは文学部(思想・歴史・言語文化・地理学・心理学・図書館情報学)を大学時代に主要な専攻とした者を取り上げていこうと思う。
※今回はフォーチュン500に入る全ての企業CEOおよび、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、カナダ、中国の政治家についてわかる限りで調べた。内容は全て英語版wikipediaの情報によるものであり、写真は全てクリエイティブコモンズライセンスのもと引用している。
イギリス
ボリスジョンソン英首相
現職のイギリス首相。イートン校からオックスフォード大学に入学した生粋のエリート。オックスフォード大学時代はギリシャ・ラテン古典を専攻。卒業後は歴史考古学ジャーナリストになったが、EUに対する懐疑論から政界に入り、BREXITを主導した。
キャメロン元英首相
ボリスジョンソン首相と同じく、イートンからオックスフォードを経ている。イートン時代は美術史を専攻し、大学入学後は哲学と経済学、政治学を修了して、一級優等学位で卒業。
メイ首相
オックスフォード大学にで地理学を専攻。卒業後は銀行員を経て、サッチャーに続く二人目の英国女性首相となった。
ジョンバーコウ庶民院議長
エセックス大学文学部を第一級優等学位で卒業した。ロンドンの市議会議員を経て国会議員、国際開発担当大臣として閣僚入りした。その後、下院議長を10年間務め上げたが、ブレクジットにおける首相との対立で辞任。
ウィリアム夫妻
セントアンドルーズ大学美術史専攻にて出会う(その後、ウィリアム王子は地理学に専攻を変更)。ウィリアム夫妻のイギリス国内での人気は非常に高く、学生時代より交際は噂されていたが、母ダイアナ妃の反省もありメディア側もプライバシーを尊重していた。
アメリカ
ジョージブッシュ大統領
イェール大学にて文学士(歴史)、ハーバードでMBAを取得。イエールとハーバードの双璧を卒業した歴代大統領の中でも珍しい大統領。ちなみにテキサス州知事で弟のジェブブッシュもテキサス州オースティン校でラテンアメリカ文学を修めている。
ブティジェッジ 米運輸長官
ハーバードにおいて歴史と文学を専攻。再び学士として入り直したオックスフォードにて政治と哲学を専攻。マッキンゼー、アフガニスタン従軍兵、サウスペンド市長を経て、39歳で民主党の大統領候補。
ジェームズマティス国防長官
セントラルワシントン大学にて歴史学を専攻したのちに、大学院にて国防を研究。軍人としては中央軍司令官、政治家としては国務長官まで上り詰め、「アメリカ軍で最も知的で洗練した男」と呼ばれた。私生活の全てを戦史と戦略研究に費やし、結婚もせずに子供もいない。
スーザンウォシッキー(Youtube CEO)
ハーバードにおいて歴史と文学で学士号。その後、UCLAのビジネススクールにて経済を修める。16番目の社員としてグーグルに在籍し、ダブルクリックのアイデアとYouTubeの買収を指揮。現在ユーチューブCEO。
マリッサメイヤー(Yahoo 元CEO, Google 副社長)
スタンフォード大学にて情報工学,哲学,心理学,言語学を統合した学問であるシンボリックシステムを修了。大学院にて計算機科学を修める。創業当時のGoogleに入社し、エンジニアとして中核技術を開発。グーグルの副社長を歴任後はヤフーCEOとして就任。
マイケル・アイズナー(ディズニーCEO)
デニソン大学で英文学の学士を取得後、ABCに入社。その後、ABCの上級副社長、パラマウント映画の会長を務めたのち、初のユダヤ人としてディズニーCEOに就任。一貫としてディズニー遺族会とは仲が悪かったが、在任中はディズニーの株価と売上高をほぼ倍増させた。
バターフィールド(Slack, Flickr 創業者)
ビクトリア大学とケンブリッジ大学に在籍したが、学士、修士ともに哲学。卒業後にSlackを起業。「哲学から2つのことを学んだ。1つは明確に書く方法。もう1つは初めから終わりまで議論の筋道をたどる方法だ。」
マイクペンス 前副大統領
ハノーヴァー大学で歴史学、文学を優等な成績で修了、その後インディアナ大学ロースクールで法律を修め、弁護士となる。インディアナ州知事を経て、共和党よりトランプ政権下における副大統領を務める。
クリストファーA.レイ FBI長官
イエール大学にて芸術と哲学の学士号を獲得。その後、イエールローで法律を修める。卒業後は検事として名を上げ、トランプ大統領によりFBI長官に任命された。
ブライアン モイニハン(バンク・オブ・アメリカCEO)
ブラウン大学で歴史学を修了。その後、ノートルダム法科大学院にて法務博士。フリートボストン銀行など法務顧問として各銀行を転々とした後、バンク・オブ・アメリカ最高責任者。
ヘンリー ポールソン(ゴールドマンサックスCEO, 財務長官)
ダートマス大学にて英文学で学士号取得後、ハーバードビジネススクールにてMBAを取得。ペンタゴンを経て、ゴールドマンサックスに入り最高責任者として日本円にして700億円を稼ぐ。ブッシュ大統領により財務長官に指名。
中国
王毅外務大臣
高校卒業後は学校に通わず地方で8年間農業に従事した(下放)。その後北京第二外語学院に入学し、語学(日本語)を専攻。年齢的に遅れて外務省に入省したものの、順調に出世し、駐日中国大使、外務大臣を歴任。日本語にも非常に堪能。
ジャックマー(Alibaba CEO)
大学受験に全滅し、三流大学である杭州師範学院(現杭州師範大学) 英語科に入学。卒業後に立ち上げたビジネス情報発信サイト「イエローページ」が現在のアリババに発展。ムケシュアンバニに抜かれるまで長らくアジア1の富豪でもあった。
カナダ
トルドー首相
マギル大学で英文学、ブリティッシュコロンビア大学で教育学を学び、院では地理学を専攻。卒業後は学校教師を務めていたが、弟の死をきっかけに社会運動に関心をもち、35歳にて政界進出。
欧米における人文学
ここでは文学部を広い意味での人文学部という形で括ったが、欧米、特にイギリスでは人文学部を卒業した政治家が意外にも多い。数学者としてケンブリッジ大学で教鞭を揮ってきた藤原正彦先生によればこれはイギリスのジェントルマンの思想にも由来するという。元来、イギリスはアダムスミスの時代より、個人の利己心に基づく活動を旨としてきた。この個人プレーによる独創性が、議会制民主主義やケインズ経済学、ニュートンの物理学、ダーウィンの生物学、シェイクスピアの文学、さらにはビートルズに至るまでの創造性を産み、伝統を重んじる姿勢がリベラルアーツや文学といったものに関心を向けるのだという。
他方、アメリカにおいては人文学の人気低下は甚だしいという。アメリカにおいては日本以上に大学で学んだ学問が職業に直結することも影響し、人文学の人気は下がってきている。これはカナダにおいても見られる傾向でもあるらしいが、一部有名大学などでは閉鎖に追い込まれているものもあるという。
中国における人文学出身者で言うと、文学よりも語学専攻が圧倒的に多かったが、これはおそらく文化大革命の影響も強く受けいているものだと思われる。また東アジア国家にしては珍しく、政府要職者の出身校や学部名による隔たりもあまりなかったように見受けられる。
人文学の意義
これから人文学部はどのような方向に向かうであろうか。科学技術は確かに我々を豊かにし、生活を快適なものにしてくれた。これからもAI技術の発展に伴い、多くの仕事から解放されるだろう。しかしながら、人というのは自由度が高ければ高いほど不安を感じるものである。
我々はこれからもアメリカナイゼーションに取り込まれる過程で、常に上には上がいるという無限ループに封殺され、幸福もやがて相対的なものになっていくだろう。人は自分を支えるものを持とうとして、存在意義を哲学に求めたり、そこに絶望して個人を超えて永続する国家に想いを馳せてナショナリストになる人も増えてくるのかもしれない。
このラットレースからどれだけうまく降りれるか。それこそが人文学に求められる意義のようにも思う。文学や演劇、映画は人生の一回性に対する反抗でもあるとも言われるが、超現実を追体験し、自分の人生を相対化することの重要性がこれからも増してくるのではないだろうか。
先ほど、イギリスにおける人文学の扱いについても述べたが、イギリスは島国でありながら独裁に走ったこともなければ、未だに保守党、労働党に与せず二大政党制というのを保っている。このバランス感覚こそリベラルアーツで養われたものだと私は思う。イラク戦争時に日本は世界の冷笑を買ったが、日本は枕草子・源氏物語から、非常に高度な文化を長きにわたって維持してきた。「純文学は読む人よりも書く人の方が多くなった」と揶揄するものもいるが、この高度な言語文化を途絶えさせるわけにはいかないだろう。
哲学を深く論ずることができる言語は世界でも限られてくるのだから、我々日本人はそこに目を向け、考えることを突き詰める唯一の学問である人文学の重要性について再確認する必要があるのではないだろうか。